官民挙げて「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が叫ばれても、中小企業の事務机からファクスの山が消えない。日本では1970年代から企業間取引の「EDI(電子受発注)」システムが動き出したが、2次、3次の下請けは蚊帳の外のまま。中小企業の大多数が不在のDXではサプライチェーン(供給網)の生産性は底上げされない。

鋼材加工メーカー、中島特殊鋼(愛知県大府市)は約400社の取引先を抱え、ファクスで届く注文書の束に6人ほどの事務員がかかりっきりだ。大量にある注文書の内容を一つ一つ販売管理システムに入力していく手作業だけに、時には転記ミスもある。中島伸夫社長は「なかなか生産性が上がらない」とこぼす。

政府は23年度に企業間取引における電子受発注の導入率を5割に高める目標を掲げる。コロナ下のDX投資を追い風に足元では受注で5割近く、発注でも4割に達した。ただし、EDIでつながる取引先が1社でもあれば「導入」に数えており、サプライチェーン効率化の目安にはなりにくい。

いったん印刷 「むしろ煩雑」

実は中島特殊鋼も大口取引先5社との受発注はファクスではなくEDIでのやり取りだが、紙は減っていない。大企業各社のEDIは独自仕様で互換性がなく、中島特殊鋼はEDI画面をいったん紙に印刷し、あらためて自社の販売システムに入力するからだ。業務負担はファクスとほとんど同じ。中島社長は「EDIの取引先が増えすぎると、むしろ業務が煩雑になってしまう」と指摘する。

1970年代に大企業が1次取引先と専用回線を結んだ「個別EDI」は、80年代に入って業界ごとに仕様が統一され「業界標準EDI」に進化した。それでも専用端末が必要で導入コストが高かったため、2次、3次の取引先までの広がりはなかった。

90~2000年代にインターネット時代を迎えて状況が一変する。一般消費者向け市場では「アマゾン」「楽天市場」といったプラットフォーマーが台頭したが、企業間取引は様相が異なる。EDI構築のコストが下がり、大企業だけでなく、その1次取引先もそれぞれの「ウェブEDI」を立ち上げた。2次、3次の中小企業が見た目も操作方法も異なるウェブEDIの乱立に翻弄される「多画面問題」が発生した。

全体最適のビジョンを欠いたままのEDIでは、事務コストが下請けにしわ寄せされる。全国中小企業振興機関協会の21年の調査によると、「EDIを十分活用している」という中小企業は12%にとどまる。「大企業にとっては業務効率化であっても、中小企業にしてみれば面倒な話」。中小企業庁のある担当者は、サプライチェーンのどこに位置するかによって温度差が大きい実態を明かす。

中小共通EDI 成否は見えず

中小企業庁は16年から、業界の垣根を越えて使える新しい標準規格「中小企業共通EDI」を提唱する。これを大企業や業界単位のEDIと相互接続して多画面問題を解消し、ファクスの山を突き崩したい考えだが、成否は見通しにくい。

まず大企業や業界それぞれの商慣習が壁になる。例えば特殊鋼業界では日本製鉄、JFEスチールといったメーカーが顧客に合わせて特別にカスタマイズした「客先協定鋼種」などが全体の1~2割を占める。90年代から稼働している業界標準EDIですら、特殊鋼の取引ではほとんど使われていない。異業種との共通EDIで束ねる利害調整は容易ではない。

約15万社の中小企業がひしめく設備工事業界は、従業員が10人に満たない零細経営が8割を占める。資材卸会社の桧山電業(東京・板橋)は1日100通を超えるファクスを受信する。EDIで扱える商品コードがない注文が多く、「絵を描いて発注する人もいる」(檜山義則社長)。全国設備業IT推進会は、あいまいな注文を商品に「翻訳」するシステム開発を検討している。

製造業のDXで先行するドイツは、中小企業のEDI導入などを無償で支援してきた。20年には欧州域内で業界横断のデータ交換をする基盤整備プロジェクトが動き出している。一方、日本のEDIは70年代から40年余り「未完」のままで、コロナ下でもファクスのための出社を余儀なくされた。

それでも23年10月に義務付けられる消費税のインボイス(適格請求書)とのデータ接続や、取引代金決済のための全国銀行協会のEDIとの連携など生産性向上の足場はいくつかある。官民とも「部分最適」の思考に引きこもっていては、社数ベースで日本の産業界の99.7%を占める中小企業の底力は発揮できない。

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